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現役編集者によるおすすめの本や漫画の紹介です。

『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』(小林昌平) 人は人をゆるすことができるのか

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どうも、tamaminaoです。

今日は息子の送り迎えのほかは、ダラダラと家で本を読みながら過ごしています。先日のブログにも書きましたが、連休直前の大腸検査で引っかかり、生検の結果待ちです。

 

tamaminao.info

 

相変わらずお腹の調子もよくなく、色々と考えてしまう日々なので、こんな本を手に取って見ました。

『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』小林昌平(文響社)

 

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

その悩み、哲学者がすでに答えを出しています

  • 作者:小林昌平
  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: Kindle版
 

 

 

現代人のさまざまな悩みに哲学者が答える

この本では、私たち現代人の代表的な悩みを25あげ、大哲学者がその悩みにどのような答えやヒントを出していたのかを作者が解説します。例えば、

  • 「将来、食べていけるか不安」にはアリストテレス

  • 「自分の顔が醜い」にはジャン=ポール・サルトル

  • 「不倫がやめられない」にはイマヌエル・カント

  • 「死ぬのが怖い」にはソクラテス

の出した回答が紹介されます。

 

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「家族が憎い」という悩みにハンナ・アーレントが答える

25の悩み回答の中で、私が最も心惹かれたのは「家族が憎い」という悩みにハンナ・アーレントが答える章。

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ハンナ・アーレント(1906-1979)はドイツ生まれのユダヤ人哲学者。ナチス・ドイツの「全体主義」を批判した哲学者として有名です。戦争中にはパリ、ニューヨークと2度に渡り亡命し、戦後はドイツに戻らずそのままアメリカの大学で活躍しました。

そんな彼女が、血のつながった家族を憎む、という感情に対して掲げるのは「ゆるし」

赦しは、

赦す者と赦される者を

自由にする

 

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

人間の条件 (ちくま学芸文庫)

 

 

アーレントが評価する「ゆるし」は、延々と続く復讐の連鎖を止め、最初の「活動」とその傷から、ゆるす者とゆるされる者を自由にすること。

(中略)

「感情的にはゆるせないけど、そうしないことには先に進まないから、仕方がない…」というように、「ゆるし」には「我慢」や「忍耐」の側面もあるでしょう。人間の感情の自然な流れで考えたらありえない、冷静な理性を必要とします。アーレントはこの点で「ゆるし」は「復讐」とは対極に位置する、人間らしい理性的な行為であると考えました。

 

アーレントが言うように、「復讐」ではなく「理性」でゆるしあえたら、世の中は平和になるのでしょう。しかし、決してゆるせないからこそ憎むのであり、人はそういう相手に対して本当にゆるしを与えられるものなのか。そう考えながら読んでいたら、皮肉にも、他でもないアーレント本人が、現実にゆるしがたい事件に遭遇してしまいます。

 

さて、そのとき彼女は「ゆるし」を与えられたのか。

答えはNO!!

 

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ナチス・ドイツの官吏を裁く「アイヒマン裁判」

彼女が出会った事件とは、有名な「アイヒマン裁判」

ナチス・ドイツの官吏としてアウシュビッツでホロコースト(ユダヤ人の大量殺戮)を指揮し、数百万のユダヤ人を強制収容所に移送する「係」を担当していたアドルフ・アイヒマンの裁判です

 

アーレントは『ザ・ニューヨーカー』の特派員として裁判を傍聴。

自分はただ上から命令された職務を遂行しただけだと主張するアイヒマンには死刑判決が出、アーレントは次のような意見を出します。

どんな巨悪だ、極悪人だと思ったら、少しばかり出世欲の強い、職務を淡々とこなす思考の欠如した小役人だった

そして、「ゆるし」はアイヒマンには与えらえない、死刑は妥当である、と発言します。

 

ユダヤ人が地球上に生きることをナチスが拒み、それを実行したのであれば、アイヒマンも同様に、ともに地球上に生きることを世界中の全人類から拒まれる。これが死刑の理由だというのです。彼女はホロコーストの論理と同じ論理をもって、アドルフ・アイヒマンが死刑に値するとしました。言いかえればアーレントは、ナチスがユダヤに対してやった、そのやり返しとして「復讐」(vengeance)の論理を採用してしまったのです。

ユダヤ人である彼女は、アイヒマンをゆるすことができないどころか、「復讐」の論理を採用して死刑に賛成しました。

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彼女の二面性は「キレイごと」ではない

「赦しは、赦す者と赦される者を 自由にする」

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アーレントのこの説は一面ではとても正しいと思います。でも、「アイヒマン裁判」のように、「赦し」などという言葉に、「感情」も「心」も到底ついていくことができない、唾を吐きかけたくなるような忌避感、きしみのような叫び声が出てしまう、そんな事例があるわけです。「ゆるし」を標ぼうする彼女がそのような事例に行き当たったことは実に皮肉でした。

しかし、彼女の二面性を読んだとき、「結局キレイごとかよ」という感想は一切出ませんでした…「ゆるせないことが人間だ」と感じました。

彼女の説が無効になるほどの、怪物的な残虐性を人は人に発揮できるのです。背筋の寒くなる事実ですが。

そして、そんなとき、やはり人は人をゆるせません。アーレント自身が身を持って証明しました。

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しかし、その一方で、

彼女の説にはやはり惹かれずにはいられません。それはそれで人間の善なる面でもあると思うのです。

 

ハイデガーとの不倫

最後にもう一つ。アーレントは大学生のとき、20世紀最大の哲学者とされるマルティン・ハイデガーと不倫関係にありました。ハイデガーはナチスに加担したことでも有名で、彼女の説とは相反する相手。そういった人間と恋愛関係に陥ってしまう、これもまた、人間の複雑さの一つですね。

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かように、人間は矛盾だらけの生き物だと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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