皆さんには、「推し」と呼べる対象はいますか?
実は私は、自分の50数年の人生を顧みて、「推し」という存在が一度たりともいたことがありません。私の小中学生時代はアイドル全盛期で、田原俊彦、近藤真彦、野村義男の3人がたのきんトリオと呼ばれて女子からキャーキャー言われていたり、聖子ちゃんや小泉今日子が一番「アイドルしていた」時代でした。下敷きに写真を山のように挟んだり、好きなアイドルの団扇を机の中に忍ばせていたり、そんなクラスメートが多い中、私はそういった感情がどうにも湧き出さないタイプで。「誰が好き?」って言われても、答えようがない、そんな子でありました。そして、それは今も変わらず。
しかし、最近この年になって、「推し」のいる人生って羨ましい、って心底思うようになりました。
先日同じ会社の腐女子後輩が、
「先輩、私は推しの違いで、人が殺せるくらいのレベルです」と告白してくれまして。その言葉に驚くとともに、なんだか「むきーっ」と猛烈に悔しくなりました。そこまで全身全霊をかけて夢中になれるものがある彼女。それが本当に羨ましく感じ、それこそ後光がさすくらい「尊い」って感じたんです。そういうものを持っている彼女の人生と、持っていない私の人生では、生きることの熱量がまるで違うのではないかと、そんなことを考えたりしました。
そんなわけで「推しのいる人生」というものに憧れる気持ちは、年を経るごとに増えまして。そんなときに、タイトルにやられて購入したのが、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』でした。
若干21歳で初の芥川賞候補に
先日12月18日に第164回芥川賞候補、直木賞候補が発表され(実際の選考会は年明け1月20日に行われるそうです)、候補作は以下のようなラインナップでした。
【芥川賞】
- 宇佐見りん「推し、燃ゆ」(文芸秋季号)
- 尾崎世界観「母影(おもかげ)」(新潮12月号)
- 木崎みつ子「コンジュジ」(すばる11月号)
- 砂川文次「小隊」(文学界9月号)
- 乗代雄介「旅する練習」(群像12月号)
【直木賞】
- 芦沢央「汚れた手をそこで拭かない」(文芸春秋)
- 伊与原新「八月の銀の雪」(新潮社)
- 加藤シゲアキ「オルタネート」(新潮社)
- 西條奈加「心淋し川」(集英社)
- 坂上泉「インビジブル」(文芸春秋)
- 長浦京「アンダードッグス」(KADOKAWA)
ロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観さん『母影』が芥川賞候補になっていたり(初)、NEWSの加藤シゲアキさん『オルタネート』がやはり初めて直木賞候補になるなど、華やかな面子! この候補作の中に、現在大学生だという宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』も名を連ねています。
推しが燃えた。
推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何一つわかっていない。何一つわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。
『推し、燃ゆ』は、主人公であるあかりの「推し」、男性アイドルの上野真幸がファンを殴ったとして、ネットやSNSが急速に炎上していくところから始まります。
あかりは、家族から「何もできない」と評される女子高生。記憶力や生活能力が極端に低く、作品内には「病院で言われたの知らないの。あたし普通じゃないんだよ」という台詞もあることから、何らかの発達障害等を抱えていることが想像されます。生きることにひたすら「重さ」を感じる彼女が、唯一心血を注ぐのが「推しを推すこと」。「推しを推すこと」はあかりにとって「背骨」なのだと彼女は表現しています。そして、彼女が「推し」に臨むことは、繋がりたいとか結婚したいとか、そういうことの対極なのです。
携帯やテレビ画面には、あるいはステージと客席には、そのへだたりぶんの優しがあると思う。相手と話して距離が近づくこともない。あたしが何かをすることで関係性が壊れることもない。一定のへだたりのある場所で誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。何より、推しを推すとき、あたしというすべてを懸けてのめり込むとき、一方的ではあるけれどあたしはいつになく満ち足りている。
へだたりがあるからこその「安らぎ」
上の一文を読んで、「へだたりぶんの優しさ」というあたりに、現代的な人間関係のありようを感じました。友情や恋愛や結婚など、相手と格闘して肉薄するような関係性とはまったく違うからこそ、彼女にとっては「安らぎ」となり、安心してのめり込むことのできる「推し」。彼女が「推し」を通してのみ活動的になり、生きることに躍動感が出てくる様子を見ていると、「推しを推す」ことは逃避ともまた違うのだと感じられます。
タイトルから、いい意味で「軟派」な雰囲気を期待していたのですが、これはまたい意味で裏切られました。現代的なテーマを散りばめながら、実に「硬派」で「文学している」1冊です。宇佐見りんさんのインタビューを読んだら、一番好きな作家は中上健次と書かれていて、なるほど、と思いました。21歳の書き手による「ザ正統派」の小説だと思います。
若者にはもちろん、文学好きの大人にもおすすめできる1冊です。
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