どうも、tamaminaoです。
気づいたらブログの更新が2カ月ほど止まっていました。
定期的に書いているときは、それが日々の時間に組み込まれているので、「今週書いていない」と意識に上がってきます。しかし、書かないことが習慣化されると…これまで「書く」ことに使っていたはずの時間は、いつの間にか仕事や家事や読書やAmazonプライム鑑賞の時間に取って代わられ、気付いたときには2カ月更新していない、そんな状況になり果てます。
例えるなら、その棚はお気に入りの漫画専用の場所だった。しかし、ちょっと漫画に飽きてしまい、他の気になる本や雑貨を置き始めたら、どんどんそちらが侵食してきて、いつの間にか漫画は部屋の隅っこへ…。さて、ここで考えるわけです。再びその棚を漫画専用に戻すか、それとも、漫画はもう自分の中で終わったのだと割り切るか。漫画に一段低い棚を用意する、増えてきた他の本と混ぜる、そんなこともできなくはないかも。うーむ。
とまぁ、こんなことを考えていた時に出会ったのが、こちらの本でした。
作者「いしかわゆき」さんとは
作者のいしかわゆきさんは、「ただの会社員だったけれど、ブログを書いていたらライターとして採用してもらえた。記事を書いていたら、一般人なのにTwitterのフォロワーが7000人もついた。毎日のように日記を書いていたら、こうして本を出版することになった」という人。
私の思うこの本の魅力は、「収益化」を第一目標としていないところ。結果的に彼女は「収益化」できたでしょうし、この本で書かれている内容を実践すればマネタイズできるのだろうと思います。
しかし、それはあくまでも「結果論」。「書く」ことを続けてきた彼女に副産物としてついてきたものであり、主眼は「書く」ことがいかに心を整え人生を切り開いてくれるか。
「モヤモヤ」を書くことで救われる
いしかわさんが初めてブログを始めたのは、中2のとき。父親の転勤でアメリカに住むことになったのがきっかけでした。
「英語も話せず、友だちもできず、やりたいこともなく。」という状態におかれ、「牢獄に放り込まれたような気分」の中、「自分の心のうちを吐露する」ためにブログを書き始めたのです。すると、そんな日記を読んでくれる人があらわれ、「決して誇れるものではない自分の人生や、何気ない毎日が、少しだけ煌めいて見えるようになりました」。
これはなかなかに強烈な体験ですよね。まさにインターネット上で「書く」という行為が、彼女を支え救ってくれたわけです。
思えば、私自身も、子どもの頃から「書く」ことに救われてきた一人です。小さな頃から「書く」ことが大好きで、一人でもくもくと詩を書いたり小説を書いたり、していました。インターネットがまだない時代なので、書いたものをネット上で発表して共感を得る、と言う方向性は皆無でしたが、心に鬱屈があると、常に「書く」ことで吐き出してきました。
下の文章にあるように、まさに「最高のひとり遊び」で「良き相談相手」だったのだと思います。
「書く」ことは最高のひとり遊びでもあり、良き相談相手でもあり、口で言わなくても自分の気持ちを相手に届けてくれる最強のツールでもあります。
口ではうまく言えないからこそ、自分の書いた物を相手に見せると、「こんなことを考えていたなんて知らなった」と言ってもらえることもあります。
(中略)
「書く」ことは、仕事に繋がることもあれば、新しい自分を発見させてくれたり、すばらしい未来を引きよせてくれたりもするということ。
だからこそ、「やりたいことがない」と思っている人や、「毎日同じような日々でつまらない」と感じている人も含め、全人類に「書く」ことをやってみてほしい。そう思っています。
書きたいけれど、時間がない
いや、「書く」ことは好きだよ。でもさ、なかなか時間が取れないんだよ。気力も体力も厳しい。そんな声も聞こえてきそうです。私自身なんですけどね。いや、もう、仕事が……(;´∀`)
そんな私が「なるほど!」と思ったのが、「思考停止時間」「ながら」時間で書く、という方法。
事例としていしかわさんがあげているのが、「ゆぴ」名義で書いているnote。
「ゆぴの10分日記」という500~800字程度の記事で、「帰り道の10分間で書くひとりごとのような日記」と銘打っています。
当時の最寄駅から自分の住んでいたマンションまでの10分程度を執筆に充てていたそうです! すごい方法ですね。
「毎日更新していてエラいね!」とまわりからは言われていたのですが
(中略)
要するに、わたしはその10分間の、
「なにかしようがしまいが、どっちでもいい時間」
これを使っただけなのです。
ぼーっとしている時間を活用して「習慣化」する。
何となくこれならできそうな気がしませんか? ウィークディのお昼休みにやるとか、息子の送り迎えの待ち時間に書くとか、色々画策中です。
止まっている間もブログは動く
そして、もう一つ、「うん、うん」と思ったのが、「文章が「ひとり歩き」して自分を広めてくれる」という章。疲れて一日中ベッドから起き上がれなかった作者が、愚痴を友人にこぼしたら、「え、ちゃんと働いてたじゃん」と言われるのです。
「実際にはあなたは寝ていただけかもしれないけれど、そのあいだにも、あなたが過去に書いた記事やツイートが不特定多数の人に読まれて、勝手に働いてくれているんだよ」と。
これには目から鱗が落ちました。文章は一度公開してしまえば、削除されるまでネットの海を漂っていきます。積もり積もった文章は、勝手に広がっていって、勝手に消費され、勝手に価値を生み出していくのです。
ということは、なにかの病気になったりしてしばらく動けなくなったとしても、今のうちにたくさん自分の文章をバラまいておけば、自分の分身として、未来で勝手に働いてくれる。
そんな可能性があります。一時期、1週間ほどなにも記事を書かなかったときも、昔書いた文章に「いいね」がついて、「どこかで誰かが読んでくれているんだな」と感じました。
そういえばこの書籍のお話も、1年前に書いた文章を読んだ編集者さんから連絡をいただいたことがはじまりでした。
1年という時を経て、まったく知らない人のもとへ自分の文章が届いて、新しいつながりが生まれたのです。
面白いけどちょっと怖い
これって…当然ものすごい面白さでもあると同時に、怖さでもありますよね。
私も今回しばらく更新を怠ったのですが、その間も、普段と変わらないアクセス数があり、大変ありがたく嬉しいと同時に不思議な気持ちになりました。私が止まっている間も、私のブログはネット上でしゃべり続けている、そんな感じ。
そして同時に思ったのは、やはり自分にとってベストだと思うもの、を書いていきたい、という気持ち。だって、自分が止まっている間もしゃべり続けるんですよ? 残り続けるんですよ?
完ぺき主義に陥ると、この本でいしかわさんが言うところの「完璧を求める不完全な人」になってしまうところが実に難しいのですが。
「10分日記」の感覚も取り入れつつ、譲らないところは譲らずに、でもやっぱりブログを続けていきたいな、っていうのがこの本を読み終わって思ったことです。
私のようにブログやnoteの更新がしばらく止まっちゃってるよ、という方。
ぜひ一度読んでみてください。
きっともう一度書きたくなります♪
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